今『役に立たない AI』が必要とされている理由
『機能』から『感情』へのパラダイムシフト
ChatGPT の登場以降、世界中の企業が AI に求めてきたのは「正解」と「効率」でした。コードを書き、メールを要約し、データを分析する。これらの「機能的価値」は、まさに AI が得意とすることでまず最初に進化した方向性は、この機能性を拡張していくというものでした。
- スライド資料を作成する
- イラストレーターを必要とせずイラストを生成する
- コードを生成してプロトタイプを作る
- 必要なナレッジにアクセスして回答する
など様々な用途に派生し、Google や OpenAI、Anthropic などの数々のビッグテックが作る”巨大な AI”はこれらの機能をすべて網羅していくものになっています。
このように、とても強い汎用性や機能的な合理性を兼ね備えた AI が誰でも利用できるようになることで、
「正解のコモディティ化」が起き、どのプロダクトやサービスも一部の特化した事例を除いて、どれも変わり映えしないものになっていきます。
これはサービス提供者にとってもユーザーにとっても問題です。
前者は「他サービスへの代替可能性の増加」、後者は「正論を突きつけられることによる忌避感」です。
この 2 つの問題を同時に回避する手段として注目されているのが、「役に立たない AI」という逆説的な発想です。
OpenAI 創始者も認める AI を差別化する強力な手段
「役に立たない AI」という言葉の真意は、従来の KPI では測定できない価値尺度をおさえた AI を構築する必要があるということです。
その答えとなるのが、「AI キャラクター」というアプローチです。
ユーザーは AI を『ツール』としてではなく、『キャラクター』として捉えています。
それが顕著に現れたのは、「#keep4o 運動」です。
GPT-5 がリリースされたことで、旧来のモデルである GPT-4o モデルが利用不可になりました。
それにより、4o モデルのときにあった人間味のある受け答えが失われ、客観的な意見を率直に述べる機械的な回答になりました。
ユーザーからは「人間のフリがうまくてドジなあの子を返して」といった意見が「#keep4o」のハッシュタグとともに SNS 上に大量投稿され、4o モデルに愛着を持ち、人として接していた利用者の存在が顕在化されました。
この事態に対し、OpenAI 創業者であるサム・アルトマンは X で以下のように述べています。
one thing you might be noticing is how much of an attachment some people have to specific AI models. (1 つわかるのは、特定の AI モデル(4o)に対して人々がどれほど強い愛着を持っているかということです。)
and so suddenly deprecating old models that users depended on in their workflows was a mistake. (ユーザーが依存していた以前のモデル(4o)を突然非推奨にしたことは間違いだった)
なぜこのようなことが起きたのでしょうか。
それはユーザーが AI をキャラクターとして接することで、ツールには存在しない新しい価値尺度に基づいて利用しているためです。
AI のキャラクター化で起きる 3 つの新しい価値尺度
そのような価値尺度には、以下のような 3 つが存在します。
関係性の構築
これまでのツールは、「そのツールと仲良くなる」といった概念がありません。
カレンダーやノートアプリなどは、そのプロダクトを好きで使っている場合はありますが、その心理が生まれる要因は、デザイン性や利便性に起因するものが多いでしょう。
しかし AI プロダクトの場合、それはユーザーとの長期にわたる関係性を形成していきます。
AI はユーザーを理解し、パーソナライズされることで、「パートナー」のような存在に昇華されます。
これはアプリケーションが「問題解決型」から「関係構築型」に変化することを表します。
心理的安全性の確保
多くのケースで AI エージェントは人間に対してとても気を遣っています。仮に支離滅裂なことをいってもなんとかその意図を理解しようとして実行しようとします。ツールであれば間違いを指摘し、それはエラーとなって返ってきますが、「キャラクター」となって人間と関係を構築した AI は、そのような否定的言動をしません。これがユーザーにとっては心理的安全性となり、そのプロダクトに対する阻害要因が減ることになります。
理想を具現した感情的満足度
一部のユーザーは、AI を自分好みにカスタマイズして利用しています。
「10 年以上の付き合いがある幼馴染として接して」「私に好意を持っているアイドルという想定で回答して」といったように、 自分が求める理想の存在を AI エージェントに落とし込んでいます。
使えるかどうか以上に、それを使っている自分がよい心象で使えるかどうかを気にしています。
ユーザーがサービスを利用する際の心理として、「正論を突きつけられる」ことを避けたがります。
「厳しくて正しいこと」より「心地よい体験」を求めます。#keep4o が顕在化したこのようなユーザー心理を把握することで、ユーザーがサービスを離脱するリスクを抑えることができます。
ビジネスにおける明確な 3 つのメリット
ユーザーにとって AI のキャラクター化が前述のような問題を解消することを述べましたが、
一方で、サービス提供者側にも以下のような 3 つの明確なメリットがあります。
没入感による継続率とエンゲージメントの向上
強力なキャラクター性を持つ AI の平均滞在時間は、一般的な SaaS ツールを遥かに凌駕しています。ユーザーは AI の「記憶」と「性格」に投資を行い、共に時間を過ごすことで、サンクコスト効果によりスイッチングコストの増大が起こります。
先述の character.ai では滞在時間が 1 回の訪問あたり約 30 分というデータが有り、ChatGPT の 10 分と比べて高い優位性を持っていることがわかります。
「機能が優れているから使う」のではなく、「このキャラクターだから話す」という動機付けは、他サービスへの乗り換えを防ぐ強力な防壁となります。
質の異なるデータを収集できる
機能的な AI が得られるデータは「何をしたか」に留まります。対して、情緒的な繋がりを持つ AI エージェントは、ユーザーの悩み、嗜好、価値観といった深層心理にあるデータにアクセスできる可能性が高くなります。キャラクター化することでこれまでは取りづらかったデータをユーザーに入力させる機会を作ることができます。
IP コンテンツとしての展開
一般的なタレントを抱える Youtuber 事務所と Vtuber 事務所とでは、圧倒的に異なる収益性を持っている点があります。それは「IP コンテンツとしての展開」です。
具体的にはそのバーチャルタレントに関連するグッズ売上などで、
Vtuber 事務所「にじさんじ」を持つ anycolor 社では、2026 年 4 月期 Q1 実績がコマースだけで約 103 億円となっています。このような規模の売上を持つ非バーチャルな Youtuber 事務所は他になく、これらの違いを生み出しているのは、それが IP としての性質をもつかどうかです。
AI エージェントをキャラクターとして運用することで、しないケースと比べてこのようなメリットを享受できる可能性があります。このようなメリットでコモディティ化された AI サービスを差別化し、他のものと比べて独自的な価値を提供することができます。
キャラクター戦略で成功している事例
character.ai
この AI キャラクターの戦略に早くから注目していたのが『character.ai』でしょう。
ユーザーによって作られた架空のキャラクターだけでなく、ピカチュウや五条悟などの既存の有名キャラクター、イーロン・マスクや織田信長などの実在する人物を想定して作られたキャラクターなどと対話ができます。

著作権の問題等がありそこは注意する必要があります。オリジナルキャラクターのブランディングを精緻に行うことで、その点を考慮することが重要です。
Grok
イーロン・マスク率いる xAI 社が提供する Grok ではコンパニオンモードで『Ani』というキャラクターが利用できます。Grok は X でも用いられている AI でもあり、SNS 上で話題となっています。

キャラクターとしてのビジュアルやインタラクティブな体験が、AI を単なるツールから「会いに行きたくなる存在」へと進化させています。
AI キャラクターで留意すべき点
ここまで AI キャラクターの有効性を述べてきましたが、ただやみくもに AI をキャラクター化すればいいわけではありません。
以下の要素には注意する必要があります。
コンテキストの一貫性
キャラクターとしての AI は、過去の対話を記憶し、人格に基づいた一貫した反応を返す必要があります。
例えば、昨日 AI エージェントに対して大切な思い出話をしたのにも関わらず、今日になって AI がそれを忘れている、間違えて覚えているといった場合、ユーザーは急速に冷め、没入感は失われてしまいます。
ここが破綻してしまうと、継続率やエンゲージメントの向上というメリットを享受できなくなります。
サービスとの親和性
AI エージェントをキャラクター化することによって、良くも悪くもそのサービスは柔らかく親しみやすい印象になります。それがサービスのイメージを阻害しなければ問題ありませんが、もし洗練されたイメージや精密な正確さを求められるようなプロダクトの場合、過度に個性の強いキャラクターにした場合にその側面においてノイズになります。
ブランディングの統一
AI をキャラクター化するうえでは、単にビジュアルを用意すればいいわけではありません。
どんな性格か、何が好きか、どういう態度か、そのようなキャラクターの情報を事前に充実させる必要があります。その設定部分が曖昧だと、キャラクターとしての一貫性が損なわれ、ユーザーのエンゲージメントが低下する恐れがあります。
「感情」を制した者がビジネスを制する
今後、生成 AI 市場が成熟期に向かうにつれ、基礎となる大規模言語モデルの技術格差は急速に縮小していくでしょう。API 経由で誰もが「世界最高峰の知能」を使える時代において、機能性だけで競合優位を保つことは、難しくなってきています。
すべての AI が等しく賢くなったとき、ユーザーは最後に何を見てサービスを選ぶのでしょうか。
それは「どの AI が最も正確か」という指標だけではなく**、「どの AI と共に時間を過ごしたいか」という、極めて人間的な感情**です。
いま必要なのは、AI における「キャラクター」を、単なるマスコットやマーケティングの装飾として捉えるのではなく、顧客体験の根幹をなす戦略的資産として再定義することです。
これからの AI サービスに求められるのは「役に立つ」ことでだけではありません。
むしろ「役に立たなくとも心に寄り添ってくれる AI」こそが、ビジネスを成功させる鍵となるでしょう。